大日本帝国憲法の危険性とは?軍部暴走を許した仕組み

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大日本帝国憲法(明治憲法, 1889年施行)は、日本の近代国家形成にとって重要な役割を果たしましたが、その構造上の危険性・問題点が第二次世界大戦へとつながったとも言われます。主な危険性は以下の通りです。

天皇主権(統治権の総攬)

  • 天皇が国家の最高権力者とされ、立法・行政・司法すべてにわたって統治権を持つと規定されていました。
  • 形式上は立憲君主制でしたが、天皇の権限は憲法上ほぼ無制限で、民主的統制が働きにくい仕組みでした。

軍の独立性(統帥権の独立)

  • 天皇が陸海軍を直接統帥するとされ、内閣や議会が軍をコントロールできない仕組みでした。
  • このため、軍部が独自に権限を拡大し、政治を圧迫する道を開きました(例:軍部大臣現役武官制)。
  • 結果として、軍国主義が強まり、戦争への歯止めが効かなくなりました。

権利の保障が「法律の範囲内」

  • 国民の自由や権利は認められましたが、「法律の範囲内で」とされており、法律で簡単に制限可能でした。
  • そのため、言論・集会・結社などの自由は、治安維持法などによって大きく制限されました。

議会(帝国議会)の制限

  • 二院制でしたが、衆議院(民選)は解散可能で、参議院にあたる貴族院は天皇が任命した貴族・官僚が多数を占めました。
  • 予算審議権はありましたが、軍事費の大部分は議会の統制外でした。
  • 結果として、議会制民主主義が形骸化しました。

国家と宗教の結びつき

  • 天皇は「神聖にして侵すべからず」と規定され、国家神道が国民統合の基盤とされました。
  • 信教の自由は制限され、国民は国家と天皇への忠誠を強制される構造となりました。

危険性のまとめ

  • 天皇主権 → 権力集中
  • 軍の独立 → 軍部暴走
  • 権利が法律で制限可 → 言論弾圧
  • 議会の弱体化 → 民意の無力化
  • 政教一致的要素 → 価値観の強制

これらの要素が合わさり、
👉 民主主義が根づかず、軍部が暴走し、国民が戦争へと動員されやすい体制になっていた
と評価されています。