戦後教育の大改革!新制大学って何? 和歌山大学のルーツを探る

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昭和7年(1932年)生まれの人が大学に入学するのは、通常18歳前後と考えると1950年(昭和25年)ごろになります。
当時の和歌山大学教育学部の入試科目
和歌山大学は、1949年(昭和24年)に新制大学として設立されました。教育学部は旧制和歌山師範学校などを前身としています。当時の国立大学の入試制度を考えると、入試科目は以下のようなものだったと推測されます。
- 国語(現代文・古文・漢文)
- 数学(数学Ⅰ・数学Ⅱ相当)
- 外国語(主に英語)
- 社会(歴史・地理・公民のいずれか)
- 理科(物理・化学・生物・地学のいずれか)
ただし、教育学部の場合、教育に関する適性試験や面接が課されることもありました。
当時の偏差値の推測
1950年当時、日本には現在のような「偏差値」の概念はまだ普及しておらず、大学入試は主に個別試験で決まっていました。ただし、国立大学の中では、旧帝国大学や東京教育大学(現・筑波大学)が難関で、地方の新制大学の教育学部は比較的入りやすかったと考えられます。
現在の和歌山大学教育学部の偏差値は50前後ですが、当時の状況を考慮すると、現在よりも入学難易度は低かった可能性が高いです。仮に当時の受験者層を現代の偏差値換算で表すと、概ね45~50程度ではないかと推測されます。
補足
1950年代前半は、戦後の教育改革によって新制大学が増えた時期で、大学進学率も今より低かったため、和歌山大学教育学部も「地元の優秀な学生が集まるが、全国的には中程度の難易度」という位置づけだったと考えられます。
新制大学とは?
新制大学(しんせいだいがく)とは、1949年(昭和24年)に施行された学校教育法に基づいて設立された大学のことを指します。
戦前の旧制大学と区別するために「新制」と呼ばれます。
背景と特徴
1. 旧制大学との違い
戦前の日本の大学制度は、主に旧制大学(例:東京帝国大学、京都帝国大学)や専門学校(例:師範学校、高等工業学校、医学専門学校など)から成り立っていました。
しかし、戦後の教育改革により、それまでの旧制大学や専門学校を統合・改組して、新しい制度のもとで発足したのが新制大学です。
2. 6・3・3・4制の導入
戦前の教育制度は複雑でしたが、戦後はアメリカの影響を受けて、現在の「6・3・3・4制」(小学校6年+中学校3年+高校3年+大学4年)に統一されました。
これに伴い、旧制の高等学校(旧制高校)や専門学校は、新制大学の教養課程や学部に統合されました。
3. 和歌山大学の新制大学化
和歌山大学は、1949年に「和歌山師範学校」「和歌山青年師範学校」「和歌山経済専門学校」が統合され、新制大学として設立されました。
これにより、教育学部(旧和歌山師範学校などを前身)や経済学部(旧和歌山経済専門学校を前身)が発足しました。
新制大学の例
多くの現在の国立大学は、新制大学として1949年に誕生しました。
- 旧帝国大学(東京大学・京都大学など)はそのまま新制大学へ移行
- 旧制高等学校を母体とした大学(例:大阪市立大学 → 現・大阪公立大学)
- 旧制専門学校を母体とした大学(例:東京工業大学、神戸商科大学 → 現・兵庫県立大学)
和歌山大学もこの流れで新制大学となったのです。
まとめ
新制大学とは、戦後の教育改革により、1949年からの新しい制度のもとで発足した大学のこと。和歌山大学もその一つで、旧制の師範学校や専門学校を統合して設立された。

